燃えるゴミの日と庭先のセミ

今年もセミの鳴き声が聴こえてきましたね。

夏の風物詩だといいますが、正直な話どうもあのジィ~ジィ~と頭に響く音を耳にすると暑さが倍増するような気がして、いまいち好きにはなれないのですが、そんなことを言ってもどうしようもないので毎年じっと我慢している気がします。

子供の頃はパッとプールにでも行って気分転換に楽しもうなんて気持ちもあったのですが、大人になるとそれすらも億劫になり、ただ行き交う年月を数えるだけになってしまいました。

ジィ~ジィ~鳴くセミ
ジィ~ジィ~鳴くセミ

 

今朝がた、暑さで目が覚めてどうも仕方がないので庭の花や木に水やりをしていますと、そういや今日は燃えるゴミの日だったなとぼんやり頭に浮かびました。

生ゴミと一緒に、休みの日に引っこ抜いて乾かしておいた雑草やらを袋に詰め込んでいる最中、ふと感じるものがあって視線を庭先に戻すと、ポツンと横たわるセミのなきがらに目にとまりました。最近鳴き出したと思ったら、もう転がっているのね。

別にセミが好きでも何でもないのですが、毎年この儚いセミの最期を見届けると切ない気持ちになります。何年も土の中で過ごし続けて、やっとの思いで外の世界に出てきて、空に羽ばたいたと思ったら、数日でこの世を去るわけですから、いたたまれないですよね。

その間、鳴き声がうるさいと人間に批難され、そのくせ人間の子供達の虫取あみの標的になり、数々の試練を乗り越えこのクソ暑い日本でメスを追いかけ回す訳です。

セミさん 立派ですよ。

その見た目からどちらかといえば私にとってセミは苦手な部類に入りますが、その生き様はたくましくて、うるさくて、いっそ清々しい。

遠慮勝ちに我慢して生きる人が多いこの世の中、セミは一夏だけけたたましく生きる。多分悩んでいる暇なんてものは全くなく、モテようがモテまいがひたすらメスにアタックする。そして、結ばれようが結ばれなかろうが後悔する間もなくこの世を去るのだ。それこそ最期は景色の良い場所でなんてことも考えない。ひとんちの庭先で転がろうがお構い無しなのだ。

迷惑ですがセミだし、きっとそれで良いのでしょう‥

そして、毎年転がるセミのなきがらを処分する時、どこか心の奥底の方で私はセミに「ご苦労様」と伝え、そっとそのなきがらを燃えるゴミの袋へと閉じ込めるのです。別に墓を用意するわけでも何でもないけれども、このまま静かに眠るといいと思うのです、多分このセミはこの暑い夏を精一杯生きたはず。

たまたま我が家の庭先に転がっていただけだけれども、とりあえずは見届けるという仕事を、この夏もしばらくは続ける事になるのでしょう。

作成者: 仲 高宏

主に日曜大工(diy)やハンドメイドに関するお役立ち情報を発信しています。 電動工具の扱いや、木材の加工方法、便利な補助道具の紹介を記事にしています。 最近は「木彫り」や「切り絵」も始めました。 住まいは古の都、奈良県奈良市、子供二人の四人家族です。