UG(ウザガラマー)と呼ばれる賑やかな迷惑集団について

  • 2018/3/25

たった一つのアイテムが人々の暮らしの流れを変えてしまう事があります。

スマートフォンが世に出回ったここ数年はネット上のコミュニティがデスクを離れる事を意味し、それは同時にいつでも繋がる文字や画像・映像のネットワークを一般人が携帯する時代がやって来たということをつぶさに我々に告げました。

SNSの爆発的な拡がりもスマートフォンの存在無しには成し遂げられなかったと思います。

そんな中で数多くのSNSが誕生しましたが、個人的にはツイッターほど賑やかに言葉が行き交い、喜怒哀楽が激しいハタ迷惑な愛すべきツールは世の中にないのではないかと感じております。

今回のお話はその中にあって特異な集団としてUG(ウザガラマー)と呼ばれる迷惑集団が発足されて早いもので一年が経過されたことについて焦点を当てたいと思います。

知らない方にとっては何の話かと思われることでしょうが、命名者はツイッター界の偉人 “田中泰延(たなかひろのぶ)”さんで、元はと言えば2017年2月10日に作成されたツイッター上のリストの一つでございます。

UGとは簡単に言えば、知り合いでもないのに田中泰延氏にツイッター上で頻繁に絡みに来る人たちのことであります。(特に当初はハンドルネームを使用する身元がいまいち不明なアカウントが多く、人との接し方の距離感がおかしい人達という侮蔑的な意味合いが強かった)

UGとは”Undesirable Guest(招かれざる客)”の略語であるという説もありましたが、本人の口から「ウザ絡みをする人(ウザガラマー)という造語である」ということが発表されています。

この話の前提として多くのフォロワーを抱える有名人(アルファ)の方は日々悪意のあるリプライ(クソリプ)に悩まされがちという背景があります。

酷いものについては即ブロックする事で自分のタイムライン(フィールド)を綺麗にお掃除する事が出来るのですが、中には「いまいち悪意がないのでブロックするのも気が引ける。」という善意(無数)のリプもあります。

自身の発言(ツイート)に対して反響があれば基本的に逐一通知が本人に届きますので、あんまり頻度が高いとありがた迷惑になると言うツイッター上のシステム構造もあいまって、業を煮やした田中泰延さんが「クソリプじゃないけど やっぱり迷惑だからあまりにヒドイのはリストとして世に晒すぞ」と宣言すると共に突如としてツイッター上に可視化されたのが件(くだん)のリストでした。

いきなりスポットライトを当てられた無数のいまいち自覚意識の薄いアカウント達は大いに驚きました。それまで私達UGはお互いの存在を確かめることの出来ない透明人間の様な存在だったからです。

ここで私達と申し上げましたのは初めに挙げられたUGリスト11名の中に私の名前が一番トップに踊り出ていたからです。

衝撃でした。「こんなに居たの?!そりゃ ありがた迷惑だわ!」とまず自分のことを棚に置いて驚いたのでした。

その後リストインされたメンバーはうなぎ登りに増え続け、如何に多くのリプライが田中泰延氏に降り注いでいたかが明るみに出たのです。

そしてリストインされた日から私はUG観察者 兼UGの一員としてタイムラインを眺め続けました。

そもそも何故ツイッターでこんなに田中泰延さんに絡んでしまう様になってしまったのか?私を一つのテストケースとして説明します。


私の場合は自身のブログがその入り口でした。2012年の結婚を期に在宅で家族と共に愉しめる趣味として私が選んだのが木工でして、具体的には自宅の家具などを作るdiyと呼ばれるモノであり、日々腕を磨く中でその技術をいつしかブログで綴る様になったのです。

書いて発信してみると思いのほか面白く、どうせなら多くの人に読んでもらおうという欲が芽生え、色々と画策した結果、どうやらツイッターと呼ばれるSNSを使うと良いらしいという結論に辿り着き、自然とツイッターアカウントを作ることになります。

フォロワーを増やして発信することで人様の目に触れる事になるという理屈が何だか魅力的だったのです。

しかしアカウントを作ってみたは良いのですが、ツイッターの仕様上、アカウントを作成した直後はいきなり荒野に一人で降り立つみたいな状況になってしまい、放置プレイの如く一人ぼっちにさせられてしまいます。

もちろんフォロワーもいませんので情報発信したところで誰の目にも止まりません。ツイッター上のお友達も欲しかったのですが、何のツイートもしていないアカウントはただただ身元不明の不審なアカウントにしか見られない事に気付いた私はしばらく独り言の様に誰も聞いていない荒野に向かってツイートすることになります。(コレでせめて人間として意思を持ったアカウントとして認識されるだろう)

とても寂しかったです。時折facebookに逃げ込んでおりましたが、やはり親戚や友達だけのコミュニティで小さく発信していても意味はないだろうとツイッターに取り組むことに没頭しました。

しかし、何をしていいのかも分からず途方に暮れていたところTwitter社のおすすめユーザーの欄に糸井重里さんの名前を目にする事になります。

色々と薦められましたが、覗いてみるとTwitter社がおすすめするユーザーの中で一番私の肌に合っているような気がしましたので、しばらく読み耽ることに徹しました。

それははじめてのツイッター研究でした。


すると とにかく糸井重里さんの周りを取り囲む人達のツイートが眩しくて当初の発信という目的を忘れてただただ流れてくるタイムラインに身を委ねる日々が続きました。はっきり言ってそれでも充分に幸せだったのです。

そしてほどなく一ヶ月経過した時にある事に気が付きます。それは百万人を超えるフォロワーを持つ糸井重里さんですが頻繁に言葉のやり取りをしているのは本当に一部の人達だけであるという事実でした。

そしてその心を赦している人達との交流が力強い渦を作り出していることに感動をおぼえます。

その中で特に異彩を放っていた人物が田中泰延さんでした。


はじめはフォローしていませんでしたので、糸井重里さんとのやり取りだけを眺めていたのですが、そこにはいつも笑いと冗談がありました。

ところがある日こつ然と田中泰延さんは姿を消してしまいます。後から気付いたのですがその日は2016年4月1日のエイプリルフールで田中泰延さんは悪戯でアイコンと名前を変更してツイッターで遊んでいたのです。

それに驚いたのが糸井重里さんで、自分のタイムラインに知らないアイコンと名前の人が出てくる事を訝しげに思い、擬態した田中泰延さんを事もあろうかブロックしてしまったのです。

ちなみにその時アイコンに使っていたのがショーン・Kの経歴詐称問題で使用されていた謎の外国人の画像でした。

そんでもって名前は”碓井信一”。

「はっきり言って名前とアイコンがチグハグ過ぎるやろ!」と私は端末の前で大笑いしていました。

聞くところによるとその時の悪戯が原因で何百人というフォロワーが減ってしまったそうですが、その流れに逆らうように私は田中泰延さんをフォローする様になりました。


さて田中泰延さんをフォローしてはみたものの当初は泰延(ひろのぶ)という名前の読み方もよく分かりませんでした。分かっていたのはその頃はまだ電通のクリエーティブとしてコピーライターやCMプランナーとしてのお仕事をしていたという事だけでした。

ある日を境に田中泰延さんは長い文章をネット上に発信する様になります。名前の読み方を知ったのもその頃です。「ひろのぶ と読んでください」としつこいぐらいに書いていましたから、いつしか”泰延”という漢字は”ひろのぶ”と読むのだと頭の中にインプットされていました。

ただ一つ勘違いしていたのがずっと「ひろのぶ と読んでください」を「Call me(呼んでください) ひろのぶ」と読み違えていた事です。呼んでくださいとは一言も言っていない。「読んでください」と毎回記述されていたのですが、ずっと「呼んでください」と思っていましたので、いつの頃からかツイッター上で話し掛ける時は「ひろのぶさん」と呼ぶようになってしまいました。

ここが距離感を間違う一番のきっかけになったのではないかと自分では分析しております。

そして今なお「ひろのぶさん」と平仮名で呼び掛ける方をツイッター上で多くお見掛けしますが、確率的に同様の勘違いをしている可能性が高いと私は見ています。

心当たりのある方は自分の胸に手を当てて よく揉んでみてください。


そしてひろのぶさんのツイッターワールドですが、そこには知れば知るほど のめり込んでしまう沼の様な言葉の世界がひろがっていました。

実はずっと以前からひろのぶさんを慕う人達は何万人もいて”ひろのぶ党”という架空のネタ政党があり、ひろのぶさんを党首として応援する人達がいることを知ったのも程なくしてからです。

ひろのぶさんのツイートは冗談とネタと含蓄に溢れた言葉と一見 他愛もない適当な言葉で日々紡がれていました。それは一日も休むことなく延々と繰り広げられているのでした。

その頃には他にもアルファツイッタラーという呼ばれる人達が多数いることを知ってはいたのですが、脇目も振らずにひろのぶさんのツイートを追いかける様になっていました。何だかひろのぶさんのツイートには正体不明の隙の様なものがあったのです。

その星の数ほど こぼれ落ちているツイートは完成された言葉の結晶であると同時にそれを材料として好きに言葉を紡ぎなさいと言われている様な錯覚に陥る魔力の様なものがありました。

私はひろのぶさんのツイートを引用して、自身のフォロワーのいない空間に言葉を紡ぎます。今までは自分の言葉を誰もいない空間に投げ掛けていたのに対し、ひろのぶさんに通知がいく世界で初めて言葉を発信したのです。

まずフォローもしていない人からの通知はもちろん切っているだろうと私は考えていたのですが、ここでびっくりすることが起こります。

凄いスピードで返事がきたと思ったらこちらをフォローしてさっさと去って行ってしまったのです。

まさか全部のリプに目を通している?!

嘘でしょ?!

それが正直な感想でしたし、ひろのぶさんの温かさと処理速度の異常さに触れた瞬間でした。

[フォロワー0(ゼロ)のアカウント(私)を何の迷いもなく即座にフォローするのは今思い返すと凄いなと思うのです。]


ひろのぶさんはよくTwitter上で大喜利を開催していましたので、その都度時間を見つけては勝手に参加していました。参加と言ってもひろのぶさんのツイートに引用ツイートで被せて勝手に通知が届く様にしているだけです。

的外れで読む価値が無しなら何もなし、既読したならハートマーク、それなりに面白ければRT(リツイート)されるという単純な仕組みですが、膨大な量を正確無比に返してくるライブ感にいつしか喜びを感じる様になりました。

絶対迷惑だよねと思いつつも「ブロックされていない限りは良いか」とツイートを交わすうちに凡そ10ヶ月の時間が経過していました。


ある日 次のツイートが投下されました。

UGは甘んじて受ける。ただし言葉の精度が低いものは添削して指導料の請求書が届くからそのつもりで。ふざけるには精度が必要なのだ。

by 田中泰延【2017年1月19日のツイートより】

君たちはふざけるにしても言葉の精度が低い。これからビシビシしごくから覚悟せよとのお達しでした。

その後程なくしてUGリストなるものをお作りになられるのです。

そして2017年2月10日にUG宣告を受け、私はUGリスト入りしてしまいます。赤面すると同時に私以外にもこんなにもたくさんの方がリプを飛ばしているのだなと改めて感心しました。

まま今でも不思議思うのですが、ここで私は突拍子もない行動に出ることになります。

とりあえずリストインしているメンバーに挨拶してまわろうかと思い立ったのです。

誰かが、別に期待せずに、たまたまバッタリ会った者に今やってる仕事の話をする。そのときボールはコロコロとそいつの前に転がされているのだが、ほとんどの者は無視だ。どういうわけか猛然とそのボールを蹴り返すやつだけが仕事を掴んでいる。

by 田中泰延【2013年1月7日のツイートより】

上のツイートに触発されたのかどうなのか分かりませんが、私は目の前のボールを猛然と蹴り返しました。

何故そんなことをしたのか今でも分かりませんが、みんなも今頃恥ずかしさのあまり赤面しているだろうと想像すると何だか親しみの様なものを感じてしまったのです。

UGバトンリレーの開催でした。


やはり想像通り皆さん戸惑っておりました。

いきなりUG(ウザガラマー)という烙印を捺され、あまつさえシベリアに飛ばして人格矯正プログラムを組むと宣言され、「何々これどうなってるいるの?」となっているところに見ず知らずの木彫りのフクロウのアイコンの人(私)から「とりあえず自己紹介お願いします」などとバトンを渡されたのですから戸惑わないはずがありませんでした。

メンバーは渡されるバトンを投げ捨てるが如く即座にまわし、無事に一周することができましたが、私の触れた感触ではそこに悪人は居ませんでした。

ひろのぶさんが意図した事なのかどうなのかは本人が語らないので分かりませんがUG達はお互いにその存在を知ることで認めあい、自然と交流を持つ様になったのです。

今までひろのぶさんが一人で抱えていたリプの嵐をUG同士がお互いに投げ合い、ひろのぶさんの負担が少し和らぐという不思議な現象が確認されたのです。

この時からUGとは単に田中泰延さんにウザ絡みをする人という括りから社交好きのちょっとお節介な人達というフェーズに突入します。そしてUGはウザガラマーという固有名詞から”ウザ絡みをする”という動詞の意味合いを濃くしていく事になりました。

ただ仲が良くなり過ぎて、時として波状攻撃の様に徒党を組んで ひろのぶさんにウザ絡みをするイナゴの群れの様な行為も確認されており、これだけは完全に田中泰延氏の誤算の範疇であったかと思われます。


いつの頃からか一部のUG達はハンドルネームをやめ、本名を名乗り出すようになりました。これは ひろのぶさんが呼び掛けた事が大きかったと思われます。

言葉を発する以上、私はこの顔と本名で生きています田中泰延です実在です、というのがあくまで私のスタンスです。あくまで私の考えですが、そうでないと言葉を発する意味が、すべて、「暇つぶし」になってしまいます。

【2018年2月16日のツイートより】

こちらは比較的直近のツイートですがこのスタンスはずっと変わっていません。芸能人でもない以上、源氏名の様にハンドルネームで発言していてもそこに人格は認められないとする主義主張です。

そして「ソーシャルネットワークと言えども一つの社会ですから、本名で言えない事は発信すべきではありません」と何度も発信し続けているのです。

天に唾したら自分にかかると言う現象を可視化したのがTwitter

by 田中泰延【2014年9月29日のツイートより】

全て自己責任で発信せよと諭されていると私は感じましたし、ハンドルネームであろうとなかろうと汚い言葉は最終的に自分へ返ってくることを肌身に感じて以来、心にそっと留めている言葉です。

私もブログではずっと本名を名乗っていましたが、いつの日からかTwitter上でも本名を使おうと決めたのでした。

未だに少し違和感を感じるのが、本名を隠すことで仮面舞踏会の如く愉しんでいらっしゃる方も多い中、何食わぬ顔で本名で愉しんでいるという状況が多少アンバランスであると感じるぐらいでしょうか。


泰延bot(非公認)の存在について

少し話は変わりますが田中泰延さんのツイート発言を収集発信しているbotは歴代で3つありました。

初代のbotは既に存在しませんので現存するのは2つでありますが、この泰延bot(非公認)はその中でも一番最後に作られたもので、白状しますと実は私が作ったものです。

作られた背景としては初代botのアカウントがひろのぶさん御本人とので間でどうやらトラブルになってしまい、アカウント削除(もしくは自らのアカウント消去)になったという事実がまずありまして、それでもひろのぶさんの過去ツイート発信装置としての存在を惜しむ声があまりに多く、管理者を変え有志で立ち上がったというのが事の発端です。

(どなたが作ったのか存じ上げないのですが)2番目の田中泰延botが作られると、嬉しくなり すぐに周りのメンバーと共に私もフォローし始めました。ただ、2番目のbotアカウントはアイコンにbotの文字が入っていませんでしたので御本人との識別が少し難しいという点があり、作られた当初はツイート数のストックが少なく比較的直近のツイートしか登録されていなかった為に、何回も最近のツイートを発信してしまうという事態になってしまっておりました。

残念に思った私は「それなら識別しやすいアイコンを用いて、古いツイートばかりを集めたbotを自分で作れば良いではないか」と、独自に行動を始めたのです。

もちろん無断で行動しておりましたので、出来上がったアカウントの名称も泰延bot(非公認)としたのでした。

試運転でbotを起動させた時は上手くいくかどうかドキドキしましたが、無事に一定時間で登録ツイートを発信するのを確認すると たった一人で大いに盛り上がったものでした。

でも無断でしたから罪悪感があったのですね。作るのには苦労しましたが、やはり消してしまおうと思い、それでも何だか名残り惜しく1回だけbotを作ったことをツイートしたのでした。

するとまたたく間にUG内で盛り上がってしまい、「怒られたらみんなで謝ってしまおうよ」というUG内の自分勝手な後押しを受け、アカウントを消さずにちょっとの間だけ運営してみようという事になったのでした。

その後、2番目の田中泰延botのツイート登録数も着実に増え、過去から現在に至るまでかなりのボリュームのツイートを網羅するまでに成長しましたので、私の非公認botは当初の存在意義を薄め、ひっそりと陰でたたずむ様にひっそりと発信する事になりました。

ここだけの話、というほど大した話ではないのですが、実は私が作った泰延bot(非公認)は他のbotと違い、一日に発するツイート数がとても少ないのです。これは作成した当初からの設定です。

およそ半年を掛けて700ほどある登録ツイートを一周するという設定となっています。これは説明し辛いのですが、botとはいえ名言ばかりを消耗するが如く矢継ぎ早に機械的に発することは制作者として何となく避けたかったのです。

そこにはbotのツイートとはいえわざわざ無碍に消耗される必要はなく、ゆっくりとした時の流れの中で静かに発信してくれるだけの存在で良いじゃないかという親心にも似た感情が私に芽生えていたのでした。


さて、UGの話とbotの話は全く関係ないのではないかと思われる方もいらっしゃるかと思いますが、bot運営をしていますと肌で感じる事がありまして、同じアイコンから派生した絵面から、これまた御本人と同じ内容の言葉を発しているにも関わらず、圧倒的な力の差をまざまざと感じる事があります。

これは非常に重要なポイントなのですが、いくら御本人から発せられたツイートをコピー登録して発信しても決して本物にはならないという事実を突き付けられるのです。

時にそのツイートの懐かしさや再発見からbotのツイートを引用される方はいらっしゃるのですが、みんなbotに対してはウザ絡みは決してしないのです。

「そりゃプログラムに対して話し掛けるヤツはおらんやろ」という真っ当な考え方もあるかもあるでしょうが、そういう些末な話ではないのです。

例えばbotではない生身の人間がひろのぶさんのツイートをもそのままパクってツイートしたとしても同じ様にウザ絡みをする人が現れるかどうかを想像してみて下さい。

私の直感では「なり得ない」という結論が出ています。

コピー(模写)に芸術の再現性がみられないのと同じく田中泰延氏のツイートのコピー(模写)に人と人との呼吸の往来は決して再現されないのです。(にわかなバズがあったとしても一過性のものです)

「どうしてか?」と考えた時に私の中で思い浮かんだのが次のツイートでした。

書け言われたらすぐに10個の嘘書いて人を泣かせる、これプロの物書きとして当たり前。読ませてみんながワンワン泣く9本捨てて、あんまり泣かへん1本を残す。そこにホンマの事が書いてあんねん。そやけど、あった事そのまま書くほど落ちぶれたらアカン。これプロの物書きとして当たり前(田辺聖子)

by 田中泰延【2013年5月29日のツイートより】

これは ひろのぶさんの恩師である田辺聖子先生からのお言葉なのだそうですが、おそらく ひろのぶさんはこの教えを忠実に守っているのではないかと私は考えております。

“爆笑ツイート、名言ツイート”、おそらくコピーライターとして優秀なクリエーターである田中泰延さんは語弊を承知で言えばいつでも作れるのではないでしょうか。

実際 皆 ひろのぶさんの言葉に共感し、時に笑い、時に自分を重ね合わせ、心を動かされています。

現実にひろのぶさんのツイートは今まで数多くリツイートされ、ファボ(いいねボタン)が押され、人々の目に触れられています。しかし、私は感じました。そういった現象が巻き起こる際、その時発せられたツイートは実は単なるきっかけにしか過ぎないと。

そこに到るまでにはそれまでに温められた何かがあります。

それはみんなの記憶にはあまり残らない様な何気ないツイートで不意にこぼす余韻ですとか、もしくはそこに語らなかった言葉の裏側に何かの存在がある様な気がしてならないのです。

リツイートやファボの入っていない、見過ごされがちな一見くだらないような大量なツイートに いつの間にか皆 温められて、おでんの様にシュンだ状態にさせられている。

その正体がきっと”ホントに大事なこと”

名言だけを集めたbotにはその要素は欠落する。

くだらなさも必要なのかもしれないとbotにあえて くだらないツイートも登録してみました。でもそこに血は通わなかった。教科書的な履歴のみ、、

残り香でもない。

近いものを求めれば求めるほど本質からかけ離れていく。

好きで始めたことの突き進んだ先にあったのは畏怖と嫉妬に似た感情でした。


脱線しました。

私の個人的な感情はひとまず棚に上げます。

なにせですね、正体不明な一見 隙とも言える何かに皆 温められていることは確かだと思います。

そして、それを感じるからこそ田中泰延さんに惹かれた人は「ひろのぶさん、あのね 私ね、、」と自然と語り出すのではないでしょうか。たとえそれがウザ絡みだったとしても。

そして「うるさいな」と思われているかもしれませんが、何故か”知らん人”から来るメッセージをずっとひろのぶさんは聞いているのです。

10万ツイートを超えて今も ひろのぶさんは発信し続けていますが、本当のところ 田中泰延さんの偉大さの本質は”ずっと他人の言葉を聞き続けている人”ということなのだと私は思っています。


さて、最後にUG(ウザガラマー)の今後の行く末について。

何故かUGは結束力の強い集団になりつつありますが、人間の集まりですからいずれ離れる人もいれば、新たに仲間に加わる人も出てくるでしょう。

もし不意にUGリストに放り込まれて困惑している方がいらっしゃったら、リストに載っている他のメンバーに是非目を向けて欲しいです。

そこには草の根の様に張り巡らされた賑やかでちょっと迷惑な人達が居てます。

それぞれ有名人でもないですし、有益な情報を出し惜しみなく提供しているわけでもありません。どちらかと言えば無駄口ばかりです。フォローしても目に見えてプラスに働く事はないでしょう。お金が儲かる訳でもありません。

逆に言えば貴方も有益な情報を無理に出す必要はありません。ただ一つルールがあるとすれば、必ず自分の言葉でツイートを発信して下さい。

それは有益であろうと無かろうと いずれ必ず 誰かの目に留まります。そして誰かから何らかの反応が返ってくる日が来ます。

それは貴方の言葉が誰かの心を揺らした結果であり、いずれ言葉と言葉の往復が始まります。それが正しい言葉の往復であれば、資本主義の理想型の様に その価値は無限に膨らみ続けます。

言語とそっくりな道具としては、貨幣、つまりお金があります。その流通性において、貯蓄性において、利殖性において、交換性において、使われる目的において、これほど似たものはありません。

by 田中泰延【2013年3月21日のツイートより】

経済活動において物と貨幣の交換がいろんな人と行き来する事で無限の価値が生じるのと等しく、言葉と言葉をいろんな人とラリーする事は本当は経済活動と同等の価値があることなのです。


昨今 日本の国全体がマナーに厳しい社会になってきた様に感じます。マナー違反する者は拒絶・排除して行く社会です。

しかし究極のところ どれだけマナーを守ろうが礼節を重んじようが、人が生きるという事は誰かしらにほんの少しの迷惑を掛けながら日々を暮らしていくということです。

日本で古くから使われている言葉を見渡してみれば良いでしょう。

「お邪魔します」「お世話になります」

これらは最たるもので、どうしても多少の迷惑を掛けてしまうことは避けようがないという人と人との交流を前提とした言葉まわしなのです。

ウザ絡みを完全に肯定する訳ではありませんが、ウザ絡みが肯定されるとすれば、その根底にあるのは多少の迷惑の許容です。

本当に酷い迷惑のものについては拒絶・排除で良いでしょうが、人と人との交流において大切なものはどちらかと言えば多少の迷惑の許容であります。

UGは今やインターネット上の付き合いを離れ、実際に人と人とが行き交うコミュニティになりつつあります。それは言葉を往来させてきた結果であり、何となく迷惑を許容されてきた結果でもあるのです。

仲 高宏より


10,000文字を超える文章に付き合ってくれてありがとうございます。

本音を言葉で発信することは本当は本名がネット上に流出するより恥ずかしい事かもしれないですね。

仲 高宏「na工房」の管理人

投稿者プロフィール

主に日曜大工(diy)やハンドメイドに関するお役立ち情報を発信しています。
電動工具の扱いや、木材の加工方法、便利な補助道具の紹介を記事にしています。
最近は「木彫り」や「切り絵」も始めました。

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